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![]() ■パーカー クナワラ エステイト設立まで パーカー クナワラ エステイトは、オーストラリア独特のプレミアム赤ワインを造ることを夢見ていたジョーン パーカー氏によって設立される。1991年、念願の‘テラ ロッサ ファースト グロース1988(Terra Rossa First Growth 1988)’がリリースされる。 そもそもパーカー エステイトのブドウ畑は、南東に細長いクナワラ地区の最南端に位置し、肥沃な「テラ ロッサ」と言う土壌に1986年に植えられたのが始まりである。現在、カヴェルネ ソーヴィニヨンを中心に、メルロやプチ ヴェルドも育てられている。 収穫されたブドウのなかでも最高のものだけをセレクトして作られるワインが「テラ ロッサ ファースト グロース」である。実際に、最高級のブドウはほんの少量しか収穫できないため、このプレミアムワインを手に入れるのは困難な一品となっている。ブドウの品質が最高レベルのものでないと判断された場合、例えば1992年、1995年、1997年、2002年、2003年のように、「テラ ロッサ ファースト グロース」の名前でのワインは造らず、「テラ ロッサ カベルネソーヴィニヨン」のラベルの名前で出荷されることになっている。 現在、パーカー エステイトは、創設者ジョン パーカーからイェリング ステーション(Yering Station)のオーナーであるラッシュボーン家によって所有されている。 ■パーカー クナワラ エステイトで活躍する人々 ダレン ラッシュボーン氏(ラッシュボーン ワイングループのダイレクター兼ワインメーカー) ![]() ![]() ![]() ダレンは、メルボルン大学にて化学工学を専攻後、1995年ヤラ ヴァレーのあるワイナリーで働き始める。ラッシュボーン家が、イェリング ステーション(Yering Station)を買収したのが1996年のこと。その後、ダレンは1年ほどフランスにわたり、ワイン造りの修行を積み、1997年にイェリングス テーション に戻り、オーストラリアで初めてのワイン造りを経験する。その年、再びフランス、ボルドー地方にワインメーカーらと共に戻り、ワイン造りを学ぶ。その後、カリフォルニアにある国際的に有名なワインの大学でさらに食物化学、ワイン学の修士を取得する。この間、ナパ ヴァレーにある二つの小さなワイナリー、またブルゴーニュ地方でも働く。 2001年12月、オーストラリアに帰国したダレンは、ラッシュボーン ワイングループのダイレクター兼ワインメーカーとして活躍するのである。 ゴードン ゲビー氏(ラッシュボーン ワイングループのワインメーカー兼コマーシャルダイレクター兼オーナー) ![]() ![]() ![]() ゴードンは20年以上ワイン産業で働いており、現在ではブドウ栽培の分野からマーケティング、経営分野まで幅広く統括している。彼は、メルボルン大学にて農学科学を専攻後、1982年、南オーストラリア州のローズワージー カレッジにてワイン学を習得。その後、ゴードンは数多くのワイナリーでワインメーカーとして、またコンサルタントして活躍する。 また、ボルドー地方に渡り、あるワイナリーのスーパーヴァイザーとして働いた後、ワインメーカーとしてハンター ヴァレーのティレル ワイン(TyrrellWines)で働く。1989年には、国内産から輸入物のワインまで幅広くワインを販売し始め、テイスティングのイヴェント、ワインについてのコースなどを次々に開催。同時期に、メルボルン大学で国際ビジネスの修士を取得するなど、非常に活発な人物であることが伺える。 1990年以来、彼はヴィクトリア州、タスマニア州、イギリスなどで行われるワインショーに審査員として参加。1998年、イェリング ステーションに加わり、ラッシュボーン ワイングループのワインメーカー、ダイレクター、オーナーとして活躍するのである。彼の幅広い知識は、今ではパーカー クナワラ エステイトには欠かせないものとなり、若くてダイナミックなチームに活気をもたらしている。
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